国語の重要性と集中力について

私が学生時代だった頃から、国語の重要性が等閑視されているような気がしています。

実際の私の経験談としては国語の勉強をやるようになってから、数学や物理ができるようになったという実感があります。社会に出てからも、適切に言語伝達ができて、仕事にある程度真面目に取り組めばれば「仕事がある程度できる」といった評価を受けられるものだと思っています。それくらい、日本語能力や国語というものは大事なものなのですが、なぜか国や教育関係は英語、英語の一点張りですね。政治家がまともな日本語が喋れないのだからしょうがないのですが、困ったものですね。

以前にも書きましたが、国語は意識的に学習しないと取り組む時期を逃してしまいます。小学生の時に国語を勉強していないと、中学生になって英語と数学の勉強ばかりで下手をすると受験直前まで国語をまともにやらないといったことになります。特に最近は本を読む機会も少なくなっています。

自分は大学・大学院の時代に研究室の先生に徹底的にしごかれ、文章を読む力を身につけました。東工大という理系大学を出ていますが、実は現代文はかなり得意です。ここに来られている生徒さんは皆「そんな読み方があったんだ・・・」と言って驚いてくれます。いつも文章を最後まで読むことすらできなかった中学生が模試で50点を取ってきたときには感動がありました。

自慢話は置いておいて、最近はマスコミですら何でもかんでも略語を使ってみたりしていますが、グーグルのシステムも含めて集中力や主体的な意欲が下がるような環境に溢れていますね。本当に横着ですね。ネットなんかも巷でいわれるほどいいことばかりではありません。自分の身にもそれが来ていることを感じています。youtubeやメディアに出ている起業家や言論人、芸能人が言っていることもあてにならないですね。特に起業家や芸能人は政治家やテレビ局とのつながりがありますから、ものすごく自由に発言しているように見える某起業家なんかも自分の商売や政治家とのつながりを踏まえて発言してますので、それが分からないと本当に危険だと思います。

話を戻すと、最近面白いと思ったのは、国語で長文を最後まで読み切ることすらできない子に国語の勉強をやらせるようになったら、全ての教科に対する集中力が上がったことです。明治大学の齋藤孝先生は映画を最後まで観させることも集中力を上げる一つの方法だと言っていますね。

最近思うのは集中力の高い子は、あまりセンスが無くてもちゃんと成績が上がっていきますね。それくらい集中力というのは大切です。でも多かれ少なかれ、皆集中力が上がっている姿を見ると、教えてよかったなと心の底から思います。

何が言いたいかというと、早いうちから国語は勉強しておきましょうという事でした(笑)

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